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  日本の不思議 1

世界各地で、とりわけヨルダンなどの中近東で、色々な仕事をしていると、さらに、その仕事が歴史と真正面から取り組む博物館の仕事だったりすると、世界各地の歴史は限りなく続く侵略の応酬であったことに驚かされる・・驚くと同時に、「僕は日本人だなー」と改めて感心したりもする。

 

ユーラシア大陸とアフリカ大陸の接点であるヨルダンやエジプトは飛びぬけて侵略の応酬が頻繁であった。


ヨルダンではオスマントルコによる400年余りの支配を除けば、100年以上にわたって安定した国家が存在することは稀で、ヨルダンを長く支配したローマ帝国も頻繁に侵略したり侵略されたりの繰り返しであった。


3000年以上続いたエジプトの王朝も何度も侵略され、ファラオ(古代エジプトの王)の最も重要な任務は、他民族からの侵略を防ぐとともに、他民族を常に侵略し続けることであった。エジプトの王朝史は「古王朝」「中王朝」「新王朝」というように区分されているが、区分すること自体が他民族の侵略による王朝の終焉を如実に物語っている。


で、なぜ「僕は日本人だなー」と実感するかというと、いわゆる「日本」という国家が成立してから(何をもって「日本」という国家が成立したかを規定することについては侃々諤々の議論があるだろうが)、つまり約2000年の間、日本が侵略されたのは三度しかなく、しかもそのうちの一度は侵略が失敗に終わっているため、日本人には「ある民族が他の民族を侵略する」という感覚というか理解が希薄、というより皆無に近いからである。


他民族による日本への侵略が成功したのは、約2000年前位とされる「神武天皇の征服」と第二次世界大戦後の「マッカサーの進駐」であり、侵略が失敗したのは、中世の「蒙古来襲」である。


「蒙古来襲」は「神風」と呼ばれた台風のために失敗したわけだけど、つまり自力で蒙古を撃退したわけではないのだけど、その事実が過大に評価され、日本の破滅へと進んでしまった「太平洋戦争」の末期でも自爆戦闘機「神風」が登場しただけでなく、今日に至るまで日本人の心の片隅に「何時か神風が吹いてくれるだろう」という他力本願的な祈りに近い願望が潜んでいる。


その長い歴史の中で二度しか他民族に侵略されたことがないという歴史的事実は、一方で、19世紀後半から20世紀中頃までの周辺のアジア諸国に対する無作法な侵略として結果し、他方で、今日でも世界各地で繰り広げられている民族同士の衝突、イスラエルとアラブの対立が最も典型的な例だが、に対する思いやりのある、と同時に冷静な、理解ができないという事態をもたらしている。


政府レベルでは、世界的視野に基づく外交政策が皆無であることに、大衆レベルでは、どんなに大きな災害や事故が世界で起きても日本人が死んだり怪我をしなければ一度だけしか報道されないということに、「二回しか侵略されたことが無い」という歴史的事実が刻印されている。


「日本人の国際化」ということが政府を始めとする様々な分野で喧伝されているが、現代のデファクト的国際語である「英語」をマスターすることより、世界でも殆ど稀有の日本の歴史の特殊性を正確に認識することの方が、日本社会の国際化にとっても、グローバル経済を生き抜く処世術としても、はるかに有効ではないだろうか。


添付した絵は「蒙古来襲」を描いた絵巻の一部だが、日本の侍と蒙古の兵隊が陸上で戦った場面は非常に少なく、蒙古軍の船は台風によって沈没するか、撤退を余儀なくされたというのが歴史的事実である。


(2007/7/21)
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