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  宇宙の不思議

約二百数十億年前に「針の先」程の大きさだった宇宙が、ある時突然、大爆発を起こして膨張を開始し、現在も膨張を続けていると言う、にわかには、というか、とうてい信じられない(イメージできない)ような、ジョージ・ガモフたちが唱えた「ビッグバン説」が「現在の宇宙の起源」を説明できる最も信憑性の高い学説として、現代でも広く受け入れられている。


だけど、「ビッグバンの前には何があったのだろう?」「針の先程の宇宙は何処にあったのだろう?」と言う素朴な疑問がすぐに湧いてくる。
さらに、「今の宇宙は何処にあるのですか?」と宇宙論学者に尋ねると、即座に、「宇宙は無限だから、何処にあるかという質問は論理的にナンセンスだし、そのようなナンセンスな非論理的な質問には論理的解答など存在しない」という、コンピュータでおなじみのFQA (Frequent Questions & Answers)のような、というか、自動販売機のような回答が返ってくるだけである。

 


僕が子供の頃から(先日、サウジアラビアの英語新聞に今でも掲載されているのを発見して驚いたのだけど)、「Believe it or not?」という、ユーモアと言うよりは、半分ブラックジョークに近いような、変にリアルで癖のあるイラスト入りのコラムが英字新聞(確か「Japan Times」だったと記憶している)に毎日のように掲載されていて、半分ワクワクしながら、半分子供心にも馬鹿にしながら、毎日のように楽しんでいたのだけど、「宇宙は何処にあるのか」というテーマも取り上げて欲しいと思う・・とっくの昔に取り上げてあって、僕が読んでいないだけかもしれないけど。


もう一度意を決して宇宙論学者に「無限の外はどうなっているの?」と尋ねると、「君は『無限』というものの意味を全く理解していないね。『外など無い』のが『無限』なのだし、大体、宇宙を論じる時に『三次元的空間感覚』(注:縦・横・奥行き)で思考すること自体が間違いなんだよ。宇宙は『n次元的感覚』(注:日常感覚を超えた数学や物理学の超次元的感覚世界)でイメージしなくては到底理解などできないよ」と諭されるか叱られるのが落ちである・・でもね…


別の発想をしてみると、「宇宙が無くなったら、一体全体何が残るのだろう?それこそ『無限』な空虚さだけが残るのだろうか?」という質問に出くわしてしまう。「唯一であれ、八百万であれ、『神』や『神々』は空虚の中に存在しているのだろうか?空虚をも超えた、それこそ『n次元』の彼方に存在しているのだろうか?」・・と言うような愚かな発想をすると、「神は『空間の次元』など超えた『精神世界の次元』にこそ実在しているのです、貴方には精神世界はないのですか?」と別の方からお叱りのツブテが飛んできそうだけど・・でもね…


「宇宙が無くなる」というのは少々飛躍した発想だけど、「現在膨張を続けている宇宙はこれからも膨張し続けるのだろうか、それとも何時かは膨張を止めて逆に収縮し始めるのだろうか(針の先まで)、それとも膨張を止めた時点でずっと一定の大きさを保ち続けるのだろうか?」という議論はつい最近までホットなテーマであり、現在は一応、「膨張を続けるだろう、多分」ということで決着がついているのだけど(興味のある方は「ウイキペディア」か何かで「ブラックマター」という項目を調べられたら良い)・・でも「膨張する」ということは、何か比較するもの(つまり「外の空間」)があるからではないのかなー。


というように、「宇宙の無限の不思議」については、次から次へと疑問が湧いてきて止まらなくなってしまう・・それこそ、「無限」に質問が出てきてしまう。
僕の「宇宙」の素朴なイメージは「ロシアの人形『マトリョーシュカ』のように、次から次へと『宇宙の殻』が続いている」というものなのだけど、宇宙論学者に腹の底から馬鹿にされることは間違いないだろうな。


添付した写真は、宇宙の遥か彼方で日常茶飯事に起こっている「銀河と銀河の衝突」の一つを観測したもので、僕の大好きなイメージの一つである・・僕たちの「天の川銀河」も十数億年後には隣の「アンドロメダ銀河」と衝突を開始するらしい。ああ、それまで生きていたい、どんなことが起こるのか見てみたい(普段は「長生きしたい」なんて全然考えない僕だけど、「銀河と銀河の衝突」だけは一度でよいから目の当たりにしてみたい、それまで生きていたいと真剣に思う)。


(2006/11/5)
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