[ 前へ ]
[ 次へ ]
  スエズ運河

多分、小学校に入って間もない頃、その頃愛読していた月刊誌(子供向けの週刊誌なんて未だ無かった)「少年」で読んだと記憶しているのだけど、「スエズ運河」を建設した「レセップス」の話に感動と言うよりは驚愕し、それ以来ずっと、一度でよいから「スエズ運河」を見てみたいと憧れ続けてきた・・ちなみに、かの手塚治虫の「鉄腕アトム」は、「少年」に掲載されていた。

かれこれ一年近くカイロで仕事をしてきているのだから、何時でも「スエズ運河」に行くことはできた筈なのに、信じられないくらいの忙しさで行くことができなかった・・カイロから車で往復3時間くらいの距離。

 
どうしてもということであれば、「行く」ことはできただろうけど、「出会う」ことはできなかったと思う・・本能的にそう感じていたからこそ、行かなかったのだと思う。

ちょっとしたきっかけで、一日ほど時間の余裕ができたので、先日、やっと待望の「スエズ運河」に対面することができた。

実は行く前から、「スエズ運河」と初めて対面するには何処がベストだろうと色々と思案していた・・「スエズ運河」の名前の由来である「スエズ」(紅海側)か、運河開通記念の式典が華々しく行われた「ポートサイド」(地中海側)にしようかとも迷ったけど、僕にとっての「スエズ運河」は、子供のときからずっと、「砂」と「水」と「大きな船」と「静寂」だったので、「スエズ運河」のほぼ真ん中辺りの「イスマイリーア」に行くことに決めた。

「イスマイリーア」は、「スエズ運河」建設事業のクライアントであった、当時のエジプト太守「イスマイリ」にちなんで命名された街で、ナイル川からの運河が張り巡らされた緑豊かな農業地帯で、マンゴーが名物である・・運河の建設中にはレセップスもイスマイリーアに拠点を置いて建設工事を監理した。

色々と尋ねながら、やっとのことで、「砂+水+大きな船+静寂」の「四点セット」が揃った場所を探し出すことができた。

そこは、「スエズ運河」を渡るフェリーの施設もあり、「スエズ運河」を実際に船に乗って(フェリーだけど)、往復するという至福の体験まで味わうことができた。

砂漠を切り分けた豊かな水の中を、音も無く巨大な船が進んでいく光景は、子供の頃から頭の中に描き続けてきたイメージがそのまま目の前に現れてきたもので、静かだけど最高の感動だった。

21世紀の幕開けにふさわしい「世界第一級の博物館」をギザのピラミッドの傍に建設するという事業にどっぷりと浸っている僕だけど、「スエズ運河」の単純明快な存在感は、ピラミッドやスフィンクスを遥かに凌駕するものがあった。

「世界第一級の博物館」を実現していくためにも、このことは、これからじっくりと吟味していく必要がある・・「比較する」こと自体がナンセンスなのかもしれないけど。

「ロンリー・プラネット」で紹介されていた「イスマイリーアで最高のレストラン」という「ジョージ」という店も、味といい雰囲気といい大感激だった・・1950年にオープンしてからメニューもインテリアも変えていないという…

添付した写真は、「砂」の中の「水面」を「静かに」去って行く「大きな船」である・・小さく見えるけど、万トンクラスの船である。

(2006/7/9)
[ 前へ ]
[ 次へ ]

トップページへ