[ 前へ ]
[ 次へ ]
  地球は丸い

海外での仕事だけをしているわけではないけれど、海外での仕事の比重が他の人よりは多いので、南アメリカ大陸を除く全ての大陸で仕事を経験してきた。

純粋な観光旅行で海外に出かけたことは、メキシコとハワイとバリに一度ずつだけである・・仕事でバリに訪れたことは数え切れない程であるのに。
中東での長期海外出張の後で、ヨーロッパからアメリカを観光しながら日本に帰ってきたことは二度あるけど…

「あなたは世界各地を訪れ、仕事をしてきたそうだけど、何処が一番好きですか?」と言う質問は、まるで、「こんにちは!」という挨拶のように世界各地で浴びせかけられる。

 

僕の天敵のひとつは「納豆」なので(広島生まれゆえ?)、「納豆」を食べなくてすむのなら、たとえ南極でも北極でも、地球上何処でもハッピーなのだけど・・アルコール絶対禁制の「サウジアラビア」を除いて・・アルコール抜きだと最長一週間しかもたないと思う(多分、確実に)。

1996年から約4年間、インドネシア全土に「606の中学校」を建設すると言うプロジェクトに参加したことがあった・・西はスマトラ島から東はチモール島まで、インドネシア全土を駆け巡ったけど、どこでも同じ質問「世界で何処が一番好きか?」を受けて閉口し、インドネシア語で僕の本音を話すことにした。

Saya suka lokasi yang saya ada sekarang.
サヤ スカ ロカシ ヤン サヤ アダ スカラン
僕は、いま居る場所が好き。

Saya suka waktu yang saya hidup sekarang.
サヤ スカ ワクトゥ ヤン サヤ ヒドゥップ スカラン
僕は、いま生きている時間が好き。

Saya suka orang yang saya melihat sekarang.
サヤ スカ オラン ヤン サヤ ムリアットゥ スカラン
僕は、いま会っている人が好き。

僕が始めて踏みしめた海外の地はクエートで、33才の時だった・・クエートの首都・クエートシティの郊外に、ベドウィンを定住させるための馬鹿でかいニュータウンを建設するというプロジェクトだった(海外での仕事始めでもある)。
このニュータウンには後日談があって、かつての湾岸戦争の時に、イラク軍がクエートに侵攻して前線基地を築いたのが、このニュータウンであった・・アメリカ軍による反攻の後で、このニュータウンがどうなったかは知らない。

飛行機を乗り継いでクエート国際空港に着き、宿舎のアパートに転がり込んだ頃には朝も白々と明けようとしていた。
突如、生まれて初めて聞く「アザーン(モスクへの誘い)」の響きが朗々と耳に入ってきた。

その瞬間、訳もなく、「ああ、地球は丸いんだ!」と感動した鮮明な記憶がある・・その感覚は、その後の僕の人生を決定的なものにした(と思う)。

添付した写真は、2001年のアフリカでの皆既日食の一シーンである(今年の皆既日食ではない)。

(2006/5/17)
[ 前へ ]
[ 次へ ]

トップページへ