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  文字の不思議

何時頃のことか正確には覚えていないけれど、ある朝、何時もの様に歯を磨いていて、ふと何気なく、「僕は、右利きで一生を終わるのだろうか?」と疑問に思ってしまった。

「一度しかない人生で(唯物論者的だけど)、『女』にはなれないかもしれないけど(性転換手術の可能性は別にして)、できるだけ多様な人生を送ってみたい」と常日頃から夢想している僕にとっては、由々しき疑問であった。

その瞬間、すぐに歯ブラシを持つ手を右手から左手に変え、もちろん、その後は、今まで右手でやっていたことを全て左手に切り替えた。
こうした馬鹿げた事には、結構「完璧主義」なのである・・歯磨き、髭剃り、食事の箸、皿洗い、文字書き、トイレの後始末まで…

 

右利きで生まれ育ってきた僕にとっては、無意識で右手で習得してきたことを、意識的に左手で覚えなおしていくという、それまで考えたこともない、「幼児からの成長過程を追体験」できる、ワクワクする冒険であった。

「歯磨き」や「髭剃り」で分かったことは、「利き腕」というのは、「軽快に手を動かせる」ということだった・・右手では軽く「シャリシャリ」と動くのが、慣れない左手では「ジョリジョリ」と重くなってしまうのである。

「食事の箸」では、「やっこ」や「にまめ」との格闘から始まって、最後は「にゅうめん」(暖かい素麺)で勝利を収めることができた。

最後まで克服できなかったのは「文字書き」である・・エジプトの「ヒエログリフ」や、バビロニアの「楔形文字」、中国の「漢字」やフェニキアの「アルファベット」、まで、どんな「文字」にしても、一定のシステムというかメカニズムを持っているから(でないと、皆が共有することができない!)、左手で書けるようになるのには、「食事の箸」よりは簡単だろうと、タカをくくっていたのが大きな間違いだった。

「左手で文字を書く」というのは至難の業なのである・・と、気がついて、周囲を見渡すと、僕の友人の左利きの人は殆ど、紙を90度に置いて文字を書いていることを再確認して愕然とした。

アラビア文字を始めとして、「右から左に書く文字」は世界でも珍しくないが、僕が知るかぎり、左利きのアラビア人は左利きの日本人と同じように、紙を90度に置いてアラビア文字を書いている・・つまり、「左から右に文字を書く」か「右から左に文字を書く」かという問題ではなさそうである。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、絵画だけだなく、多くの著述を残しているが、「超左利き」であったため、アルファベットを全て左右逆に書きしるしており、彼の著作を原典で読むためには「鏡」が必要であることは、有名な話である。

幼児やチンパンジーにペンを持たせて何かを描かせてみると、グルグルと落書きを始めるのだけど、大抵は、体の内側に向けて「円」を描いている・・「右利きの文字の発生」はその辺り、つまり「筋肉の仕組み」、に秘密があるのではないかと僕は睨んでいる。

添付した写真はイスラム教の聖典「コーラン」である・・アラビア語は原則として「子音」でしか表記しないので、アラビア語学習の初心者には「新聞」や「看板」を読むのは大変なのだけど(母音を想像するしかない)、「コーラン」は、神の言葉を正確に伝えるために(たまたま、アラビア人のモハメッドにアラーがアラビア語で預言した)、正確に発音しなければいけないから、補助的な母音記号が厳密についているので、僕にでもきちんと読める。

(2006/4/29)
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