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  尊厳死

前回のブログで約束した、ニューヨークで見たテレビドラマの話をしたいと思う・・その頃は、僕自身も、日本のテレビプロダクションのニューヨーク代表を務めていた。

第一次世界大戦にアメリカが参戦を決めた頃だから、1916年か1917年の時期がドラマの舞台だったと思う・・ドラマを見始めた最初は、それほど興味がなく、ありきたりのメロドラマかなとテレビを眺めていただけなので、そのあたりの記憶は確かではない。

親父のパン屋で働いていた10代の末か、20代そこそこの若者に召集令状がやって来て、ヨーロッパの戦線に向かうことになる・・出かける前の晩に、将来を誓った恋人と最初で最後の一夜を、自宅で過ごす(親父と同居している小さなアパート)。
二人を見かけた親父は、「頑張れよ」と暖かく励まし、その晩は外のパブでゆっくりと酒を飲み続ける。

 

ヨーロッパの最前線に送られた若者は、塹壕の中で大砲の直撃弾に遭遇し、一瞬のうちに気を失ってしまう・・ここまでのドラマの展開は実に淡々としていて、ストーリーの展開は味気ないほどだった。

どれほどの時が経過したか分からない程の長い昏睡状態から覚醒した若者が、徐々に自覚していった冷酷な事実は、手足が無くなっていること、目が見えないこと、耳が聞こえないこと、話すことが出来ないことだった・・肉体的に絶望的な状態よりも、若者が一番衝撃を受けたことは、「いま、一体全体、何年の何月何日だろう?」ということであった・・「ここは、一体全体、何処なのだろう?」という問いかけではなかった。

外界とのコミュニケーション手段をすべて失ってしまった若者が、苦悶の果てに思いついたことは、ほんの少しだけ動かせる首を使って「モールス信号」を送ることだったが、若者を「生体モルモット」としてしか観察していないドイツ軍の医師たちの眼には、痙攣症状の一種にしか写らなかった。

ストーリーとしてはすごく省略されていて、かなりハリウッドっぽいところもあるのだけど、例の恋人が苦労して看護婦となって若者の病院に派遣され、彼の担当となることに成功する・・もちろん、彼女は若者の一挙一動(という言い方が適切かどうか分からないが)に細心の注意を払って見つめており、「モールス信号」を直ちに了解する。

彼の質問は、「今日は何年何月ですか?」というものであった・・彼女は、若者、つまり恋人、の胸に、指でゆっくりと、「今日は19xx年のクリスマスです」と答える・・「19xx」が何年だったか忘れてしまったけど、それでなくても涙もろい僕の眼は、すでに洪水状態だった。

それから二人のシンプルだけど心温まる、「モールス信号」と「触覚文字」の対話が続くのだけど、彼女は決して「若者の恋人」であることを明かさなかった・・若者が彼女に強く求め続けたのは、他でもない、「僕は死にたい」という切実というか、絶望的というか、それでしかない、つまり「死」をも奪われた人からの痛烈なメッセージだった。

悩みぬいた挙句、結局、彼女は彼の「人工生命維持装置」を外すことを決意し、実行に移すのだけど、ドイツ軍の医師たちに見つかってしまい、「人工生命維持装置」は元に戻されてしまい、彼女は若者の担当をはずされ、そこでドラマはあっけなく終わってしまう。

約2時間近いドラマを見終わってから、不思議な怒りがこみあげてきて、朝までマンハッタンの飲み屋を徘徊した鮮明な記憶が残っている。

添付した図版は、古代日本の「土偶」で、人間が病んでいる部分と同じ部分を土偶から欠落させることで病気が治ると信じられていた。

(2006/3/18)
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