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  鼻毛の謎 その1

かなり以前から頭の片隅に引っかかっていることの一つに、「鼻毛の謎」とでも言うか、「鼻毛の不思議」とでも言うか、「鼻毛の神秘」とでも言うか、要するに「鼻毛についての底深い疑問」がある。

疑問の発端は、「鼻毛が少しでも鼻の穴から出ていると、たとえ、ほんの1ミリ程度であっても、どんな賢人や君子でも、どんな美女や美男でも、たちまちにして『間抜け』に見えてしまうのは、何故だろう?」という、実に単純なものであった。

 

ところが、その理由を考え始めると、話は簡単には収まらず、どんどん深みにはまっていってしまうのである。

顔ひとつを例にとってみても、頭髪や眉毛や睫毛が少々ゆがんでいても一向には『間抜け』には見えないし、口髭や顎鬚にいたっては、あたりかまわず威張り散らしていたり、「カリスマ・ヘアデザイナー」が商売繁盛していたり、眉毛は消して描き直したり、睫毛は付け足してわざわざ長く見せたりしている、と言うのにである。

頭髪が頭を保護してくれるというけど、その効果についてはかなり疑わしいし、睫毛が眼球にゴミが入るのを防いでくれるというのも、それこそ「眉唾物」だし、眉毛や髭にいたっては何の役割を果たしているのかさっぱり分らない・・もちろん、それらの美的効果は別にするとして…

空気中の塵や埃が肺の中に入るのを頑張って防いでくれているという、顔に生えている目ぼしい毛の中では、その機能が最も確かなのに、「たった1ミリ鼻毛が出ているだけで、皆から笑われてしまう」という、かくのごとく鼻毛が蔑まされているのは何故だろう?

「毛嫌い」とは、鼻毛のことを言っているのではないかとさえ疑ってみたくなる。

「鼻毛が出ているモナリザ」も「鼻毛が出ているダビデ」も、少なくとも僕の知る限り、見たことが無い一方で、日本の「お笑い芝居」では鼻毛が出ている主人公が多いし、日本だけでなく海外の「漫画」でも『間抜け』な、『呑気』ではなく、キャラクターが鼻毛を出している例は少なくない・・あれだけ、顔の「隈取」を派手派手しくする歌舞伎でも、鼻毛をあえて出す役柄にお目にかかったことは無い。

このように、「鼻毛嫌い」というか「鼻毛蔑み」というか、「鼻毛が鼻の穴から出ている」ことに対する嫌悪や蔑視は、日本だけではなく、世界何処にも共通した現象や態度のようである。

南アメリカ大陸を除く、世界の大陸で仕事をしてきた僕が、そのように感じるのであるから、大きな間違いではないと思う。

添付した図版は、ご存知、赤塚不二夫の漫画「天才バカボン」の主人公「バカボンのお父さん」である。

(2005/12/20)
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