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  栄枯盛衰 その1

添付した写真は、ヨルダン最大の観光地ともなっている、世界遺産ペトラの近くにあるバスタの新石器時代の住居遺跡である。
住居群の一角にある広場の片隅に残っている、大きな皿のような石の表面を覆っている多くの窪みは、穀物を叩いて脱穀した時に出来たのではないかと推測されている。

今から約9000年前、ピラミッドが出来るより約4000年も前の、痕跡とは思えないほど、鮮明なイメージを喚起させ、穀物を突く石の音や、働きながら、おしゃべりをしている女性達の声や、その周りで遊んでいる子供たちの嬌声までもが、ありありと聞こえてくるような錯覚に陥ってしまう。

 

僕は遺跡の専門家でも考古学者でもないけど、ひょんなことから世界各地の遺跡と対話をするプロジェクトにも係るようになって久しい。

1985年頃に短期に、そして1990年頃から約2年間、インドネシアのジャワ島中部にある「ボロブドゥール」(日本の東大寺建立とほぼ同じ頃の9世紀頃の仏教遺跡)と「プランバナン」(ボロブドゥールより少し後のヒンドゥー教遺跡)に出会ったのが最初で、「ボロブドゥール・プランバナン国立史跡公園建設事業」に携わった。

1993年頃にインドのデカン高原にある「アジャンタ」(紀元前1世紀頃から7世紀頃までの仏教遺跡)と「エローラ」(4〜8世紀頃の仏教・ヒンドゥー教・ジャイナ教の混合遺跡)が二度目の出会いで「アジャンタ・エローラ遺跡保全・観光促進事業」のマスタープランを作成した。

1996年に日本最大級の縄文集落遺跡である「三内丸山」(約5500年前から約4000年前で、ギザの三大ピラミッド建設の頃)が三度目の出会いで、この時は「三内丸山」をモチーフにしたテレビコマーシャルをプロデュースした。

2003年からは、約2万年前の旧石器時代から15世紀頃のイスラム後期の時代までを主要な対象とする、ヨルダン中の全ての遺跡と真正面から向き合う「ヨルダン国立博物館」の展示計画を作成している・・現在も進行中。

そして今年(2005年)の9月から、エジプトの「ファラオ時代」(普通は約3100年前の初期王朝時代の始まりから紀元前945年の第3中間期の終わりまでを「ファラオ時代」とするが、今度の博物館は紀元前323年から紀元前30年まで続いたプトレマイオス朝も含んでいる)を対象とする「大エジプト博物館」の建設事業に携わり始めた・・今後、長期に亘ってどのように係っていくかは勿論未定であり、今回の約4ヶ月の参加で終わってしまう可能性も十分にある。

さて、タイトルの「栄枯盛衰」だが、神様からの授かり物としか思えないような、このような素晴らしい、仕事は半端ではなく大変だけど、経験をしていくプロセスの中でいつも、「どのようにして、この遺跡は誕生したのだろう?」「栄華の頂点を極めるきっかけは何だったのだろう?」「何故、滅んでしまったのだろう?」という自問自答や他問他答を繰り返してきたので、一度きちんと整理してみようかなと考え、表記のタイトルにした次第である。

(2005/10/8)
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