[ 前へ ]
[ 後へ ]
  本物と本当 その1

添付した写真は、「カッスール・アル・ムシャッタ(冬の宮殿)」で、デユマが1875年に撮影したものである。
僕のブログの添削の先生であり、ヨルダン国立博物館の展示計画作成の最良のパートナーでもあった(事情があって、つい最近プロジェクトから身を引いてしまった・・残念至極である)ヨルダン屈指の考古学者・ハイリーエ女史が先日メールしてくれた。

「カッスール・アル・ムシャッタ」はアンマン郊外の国際空港(クイーン・アリア国際空港)の近くにある・・空港の警備が厳しいので、少々近寄りがたいのが難点だが…

 

この宮殿は完成すれば、ウマイヤ朝(最初のイスラム王朝)の最高の宮殿となるはずであったが、あまりの費用と労力を必要としたためウマイヤ朝の崩壊を加速する原因となり、750年にアッバース朝によってウマイヤ朝が滅ぼされるとともに、建設工事は中断され、宮殿は放棄されてしまった。

華麗な宮殿の装飾は長い年月の間に運び去られ、現在では世界中の博物館に静かに収まっている・・あまり静かに収まっていないのが、写真の宮殿外壁の入り口部分で、この装飾部分はそっくり剥ぎ取られて現在ベルリンの「ペルガモン博物館」に再建されていて、博物館の目玉展示のひとつになっている。

第一次世界大戦の直前の1903年に、イギリスやフランスの侵攻を恐れたオスマントルコのスルタンであるアブド・アル・ハミッドが、ドイツの庇護を求めるためにウイルヘルム皇帝に「寄贈」してしまったため、ドイツは壁の装飾を丁寧に剥がして分割し、船で本国に運び去ってしまった・・今は、下地の赤いレンガが露出しているだけである。

ヨルダン国立博物館の大切な展示物のひとつとして、ペルガモン博物館に返却を求めたけど、帰ってきた回答は「近いうちにヨルダン特別展示を開催し、そのために15分の1の精巧な模型を作成するので、それを無料で寄贈します」という涙が出そうなほどの、心優しいものであった・・それほど精巧無比な模型なら、それをペルガモン博物館に展示し、本物は返してくれても良いのではと願うのは、ひがみ根性なのだろうか?

さっきのハイリーエを初め、「悪戦苦闘」で紹介したジハッドたちと何回も議論を重ねてたどり着いた結論(最終案ではないけど)として、添付をした写真のような、ドイツに取られるまでの美しい宮殿外壁の古い写真を原寸大に拡大し、その写真の中に、幸運にもヨルダンにただ一つだけ残っている本物の「ロゼッタ(薔薇をモチーフとした装飾)」を展示しようと考えている・・文化財の散逸や略奪に対する、無言の抗議の象徴として…

「偽物」の中に「本物」を、たった一つでも良いから、配置をしてみることで、「本当」とは何かが浮き彫りにされてくることもある。

(2005/9/5)
[ 前へ ]
[ 後へ ]

トップページへ