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  前か後か

日本語は生まれて間もなくから使い始めたので、いわゆる母国語である。
英語は10歳の頃から、アメリカ人の先生に個人レッスンで手ほどきを受けた。インドネシア語は10年前から仕事の必要があって猛勉強をし、英語の半分位はできる。
アラビア語は今年の初め頃から猛然とスパートを駆け、基本文法はほぼマスターし、現在は単語力を増やすことに集中している・・もちろん、アラビア文字を読むことも書くこともできる(と言っても、母音表記が3種類しかないアラビア語を読むのは、発音記号がないと、かなりやっかいなことなのだけど)。

と言うことで、CNNやBBCのように、一応世界を一周する言葉を操ることが出来るようになり始めた・・例えば、BBCはイギリスとアメリカとシンガポールに拠点を置いて世界同時放送を行っている。

 

4年ぐらい前に仕事で1年程度、アフガニスタンとの国境にあるパキスタンのバロチスタン州に滞在していた時、ウルドー語の勉強を一生懸命始めたことがあった・・ウルドー語とヒンズー語はほぼ同じ言葉で、東京弁と大阪弁程の違いもなく、パキスタンで喋るものをウルドー語、インドで喋るものをヒンズー語と呼ぶだけである。

ウルドー語の勉強を始めて最初にびっくりしたのは、ウルドー語の文法と日本語の文法が殆ど同じことだった・・感覚的には90%同じである。
唯一の大きな違いは、ウルドー語には男性と女性があるのに、日本語には無いことぐらいであり、日本語と同じように丁寧語や謙譲語もある。

世界の言語は、大きく英語などのインド・ヨーロッパ語族、日本語などのウラル・アルタイ語族、アラビア語などのセム語族、インドネシア語などのオーストロ・マレーシア語族、それにスワヒリ語などのアフリカ語族に大別されるが、ウルドー語を勉強し始めるまでは、文法によって、つまり文章の組み立て方によって、語族を区別するのだろうと信じて疑わなかった・・僕の信念は一挙に崩れ去ってしまった。
ちなみに、ウルドー語はインド・ヨーロッパ語族に属している。

どのようにして語族を区別するのかといった言語学的なことは良く分らないが、僕の体験では、言語は「前置詞の言葉」と「後置詞の言葉」に大別できると思う。
英語やアラビア語やインドネシア語は「前置詞の言葉」であり、日本語やウルドー語(ヒンズー語)は「後置詞の言葉」である。

「前置詞の言葉」では「私は・行く・へ・学校」と話し、「後置詞の言葉」では「私は・学校・へ・行く」と話す・・この「へ」が目的語の前にあれば前置詞になり、後にあれば後置詞になる。

言葉をゲームのように操って話している限り、「前置詞の言葉」と「後置詞の言葉」の違いは、ルールに対する慣れの問題だけであるので、大して苦労しなくても克服できるのだけれど、話している時の気分は随分と違ったものになる。

言語には、形容詞を名詞の前につけるか後に付けるかという違いもあるが、前置詞と後置詞の違いの方が、雰囲気と言うか、気の流れと言うか、言葉が生み出すダイナミズムを大きく変えてしまう感じがする・・日本語や英語やウルドー語は前形容詞型で、インドネシア語やアラビア語やフランス語は後形容詞型である。

「前置詞の言葉」と「後置詞の言葉」の違いは、文化のスタイルやディテールに大きな陰影をつけていると思われるが、このことは別の機会に再度触れることにする。

(2005/8/28)
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