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  パンドラの箱 その4

鉄道や自動車などの交通手段、出版や放送などのマスメディア、それらには孤高を保つことが出来た砂漠を本拠地とするベドウイン(都市の近郊に暮らすベドウインも少なくない)のコミュニティも、簡易な電話回線や最近では携帯電話を使うインターネットの侵入には有効な対抗手段を持ち得なかった。

一方で、20世紀初頭の大アラブ革命を機に独立への機運が高まった、アラブ社会の「ベドウイン回帰」が進んでいった・・現在、新聞やテレビなどで眼にする男性の正装アラブ・ファッションは、上層階級から一般大衆に至るまで、ベドウインの服装を殆ど踏襲したものである。

 

インターネットのテクノロジーは、多数を直接結ぶ付ける「開かれたコミュニケーション」を可能にし、ベドウインのパラダイムは少数だけが直接語り合う「閉ざされたコミュニケーション」に固執する。
ベドウインのコミュニティの内部崩壊の危機は砂漠の中だけにとどまらず、アラブの社会全体の自己崩壊の危機につながりかねない、底知れない混沌としてアラブ全体を覆い始めた。

間接的コミュニケーション手段であるマスメディアの普及が遅れたために間接民主主義への移行が進まず、それに輪をかけるように中東戦争などでの敗北感が社会全体に漂う中で、社会を組織し機能させる推進力は衰え始め、そのカウンター・バランスとして、コーラン(クルアーン)が語る精神世界を現世の社会システムに具現化しようとしたり、内部から崩壊を始めているベドウインの精神風土に回帰したりする方向へと社会が舵をきり始めた。

そのようなアラブ社会の転換に、間接民主主義と市場経済を「是」とし、キリスト教的価値規範を背景に持つ、欧米を初めとする経済先進諸国は強い懸念を覚え、次第次第に、あの手この手でアラブ社会に対する外圧を強くしていった。

インターネットによる内部崩壊と、国際通貨基金(IMF)や世界貿易機構(WTO)を筆頭とする外部圧力の相乗作用により、アラブ社会は極度の精神過敏状態に陥っていった。

間接民主主義のメカニズムを使った合意形成が難しい状況では、対話によるよりも暴力に訴えて自己主張を図るやり方の方が、手っ取り早いし、結果も見えやすい・・つまり、テロリズムの台頭である。

活動的な直接民主主義から間接民主主義に移行し、今度は情報的な直接民主主義へ移行しようとしている、欧米や日本などの社会とは違い、アラブ社会は、間接民主主義を体験しないで、少数直接民主主義から多数直接民主主義へ一直線に進んで行かざるを得ない・・そこに問題の根が横たわっている。

数万年を超える長い歴史の中で培われてきた文化は、社会や民族のアイデンティティそのものでもあるが、その文化が形として結実した「文化財」は、アラブ社会が喪失しかけている自らのアイデンティティを再構築していくための、ひょっとしたら唯一の、鍵なのである。

文化財を人類共通の財産とすることにより、アラブの人たちがアラブの文化財を実質的に共有することが可能になる。

(2005/8/14)
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