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  パンドラの箱 その2

そのことにもっとも過敏に反応しているのが、アラブ社会なのである。
以前の「ブログ」でも書いたが、アラブ圏なら何処でも通用する、アフリカの西端から東はイラクまで、「現代標準アラビア語」は、約1400年も前に最後の正当な預言者とされるムハンマッドが絶対なる神(アッラー)から啓示を受けた言葉とほぼ変わらないし、アラブは、それからの逸脱が許されない社会なのである。

超越的な宗教と世俗的な社会が、「コーラン(クルアーン)」の言葉で密接に結び合わされているコミュニティなのである・・ムハンマッドが商人の出身であることにも象徴されるように、一方で、アラブ社会はかなり純正のアソシエーションでもある。

かつての、インターネットが普及する以前のテロ活動は、政治や経済の世俗的問題にその主要な動機や原因を見出すことができたが(個人的な復讐のためのテロは別にして)、過日のニューヨークや先日のロンドン、さらに毎日のように頻発するバグダッドなどでの、今日のテロ活動は、以前のような世俗的視点からだけでは、その根源が見えてこない。

 

その判断を根本的に誤り、未だに気付いていないために(或いは、後には引けないので気付かない振りをしているだけなのかも知れないが)、イラクは悲惨な現状から抜け出せないでいるのでる。
イラクへの攻撃は世俗的理由で説明できるが、イラクでの占有はそれだけでは説明できないのである。

ロンドンやニューヨークで、時折東京でも、開催されている、サザビーやクリスティーズのオークションの盛況を見ていると、「文化財を人類の共有財産に」などというスローガンというかメッセージは、純真無垢な乙女の夢物語のようにさえ思えてくる・・それらのオークションの目玉の殆ど全部が「文化財」だし、門外漢には法外としか思えないような値が付けられ、ある時は堂々と、ある時は密やかに、誰かの手から誰かの手へと移って行くのだから。

それでも、「文化財」を「人類共有のもの」にしない限り、あるいは出来ない限り、今日の社会からテロ活動を少なくしていくことは(絶滅とは言っていない)、インターネットが登場してしまった現代では不可能なのである・・パンドラの箱は開けられてしまった!

超越と世俗を結び、インターネットの小さな妖精「希望」を大切に育んでいけるのは「文化財」であり、その大半を奪い去られたのが、現代のアラブ社会と重なる中近東一帯なのである。

インターネットカフェがアラブの街角に溢れる中で、コミュニティの、特にアラブ・コミュニティの、核爆発を回避できる安全装置の一つが「文化財」なのである。

(2005/8/10)
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