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 パンドラの箱 その1

有名なギリシャ神話の一つに「パンドラの箱」というのがある。

ゼウスが箱を手渡しながら、「この箱は決して開けてはいけないよ」と言い含めて、地上に送りとどけた最初の女性がパンドラである。

さあ、もちろん「開けてはいけない」と言われれば絶対に開けたくなるのが世の常で、日本の古いお伽噺「浦島太郎」でもそうだったけど、パンドラはついに我慢できなくなり、ある日その箱を開けてしまう…

蓋を開けた途端、箱の中から一斉に、「嫉妬」を初めとする無数の悪災が飛び出してきた。
驚いたパンドラが慌てて蓋を閉めたら、箱の中から小さな声がして、「お願いです、待ってください、未だ出ていません…私の名は『希望』です」とパンドラに訴えかけた。

 

かつて僕は、原子爆弾が「パンドラの箱」ではないかと長く思っていたし、コンピュータが、とりわけパソコンが登場してきた時、これこそが「パンドラの箱」だと確信したことがあった。
しかし、今は、インターネットこそが「パンドラの箱」ではないかと考え始めている・・次が何になるのかは「神のみぞ知る(インシャッラー)」であろう。

インターネットは、どうも開けてはいけない箱を開けてしまったようでもあるし、かといって、いつかは箱は開けられてしまうのだろうし、開けてしまったのだから、もう後には引き返せないので、小悪魔たちを上手になだめながら、一方で、小さな妖精を大切に育てていくしかないのかもしれない。

数百万年という人類進化の歴史、数万年という社会形成の歴史、数千年という文明構築の歴史、これらの時間の流れの中で、超々極端に単純化すると、人類は彼らの社会を直接参加型の運命共有的なコミュニティから、間接参加型の利益分配体的なアソシエーションへと、移行してきたのではないかと思われる・・意識的なものか無意識的なものか、自発的なものか外圧的なものか、それははっきりしないが…

インターネット自体は一見すると、典型的なアソシエーション・タイプに見えるけど、インターネットにまつわる諸々の周囲の動向も含めながら、インターネットを注意深く観察すると、事はそう単純ではなく、インターネットの根底か、あるいは逆に縁辺には、どうもコミュニティ指向のカウンター・クロックワイズ(逆周りの時計的)な動きが脈打っているように思えてならない。

通信技術(IT)的な意味ではなく、価値規範(パラダイム)的な意味で、上記のようなインターネットの動きが、或いは副作用といっていいかもしれない、頻発するテロ活動と密接な関連があるのではないかと考え始めている。
( テロ活動が、今後さらに増え続けるであろう事は、アラブ社会のど真ん中に身を置いていると直感的に分る)

長く、そして今も、頼りにされている物理的な移動手段、近世の回線を占有する電話などの通信手段、現代の衛星技術を使った世界同時放送や携帯電話は、コミュニティからアソシエーションへの大きな流れを継承し加速するものだが、インターネットは、コミュニティへの逆流を無自覚的に引き起こしている・・しかも、コミュニティ自体をも核分裂させかねないというエネルギーを孕みながら。

(2005/8/8)
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