[ 前へ ]
[ 後へ ]
  思い込み その3: 進化

「道路に、硬い殻の木の実を撒いておいて、道路を走る自動車の車輪で殻を割らせ、ちゃっかりと木の実を頂戴するカラス」、「自分達で掘り出すことはできないけど、畑から芋などを掘り出したサルをカラスが数羽で攻撃し、決してサルを殺傷する意図はなく、サルがついつい防御に夢中になって両手を使い始め、芋を手放した瞬間、一羽のカラスが芋を奪い去り、他のカラスたちも何もなかったかのように攻撃を即座に止める」、「鳥目と言うけれども、銀座なんかを本拠地にしているしている都会のカラスは、夜でも自由自在に行動している」、さらに「カラスなど知れている、ミヤコドリの方がもっと狡賢い」とか、日本のテレビでも、ある時はまじめに、ある時は面白おかしく、カラスを代表格とする(カラスは身近だからかも知れないが)鳥達の「賢さ」が度々取り上げられる。

 

最近出版された「ネイチャー・ニューロサイエンス・レビュー」という神経科学の雑誌で、鳥達の「賢さ」について長年にわたり理論的かつ実証的に研究を続けてきた鳥学者達が、最先端の興味深い研究結果を発表した。

研究結果を発表した鳥学者全員が認めた事実は、「鳥は非常に賢い」ということだった。

日本語の諺では、「鳥は三歩あるくと全部わすれてしまう」とか、英語の諺でも「砂に頭をつっこっむダチョウ」(砂漠でライオンに見つかったダチョウが、砂に頭を突っ込み、実際にはライオンに食べられているのに、自分はライオンには食べられていないと思い込もうとする…この意味から、英語ではダチョウを現実逃避型の人の例えとしても用いる)だとか、これまでいつも鳥達は「馬鹿か、賢くない」動物の筆頭とまではいかないにせよ、代表格の一つとして扱われてきた。

ところが、行動学から解剖学まで多岐な分野にわたって発表された研究成果によると、鳥達は「脳の皮質」ではなく、「脳幹」を発達させることによって、賢くなってきたと言う、俄かには信じがたいような、驚くべき事実が明らかにされた。

僕たちの小さい頃から、もちろん今でも、「君は脳味噌の皺が少ないんじゃないか」と、自分の愚かさを揶揄され、自分でも何となくそう思い込んできた節があるが、何と、鳥達は僕達とは全く違う方法で脳を進化させてきたと言うのだ!

「脳の皺が多いほど賢いに決まっている」という神話は、脳の研究対象が、その発端から今日に到るまで、人間を初めとする哺乳類に限定されていたため、逆に言うと哺乳類以外の動物を対象とする脳の研究が非常に難しかったため、哺乳類の脳が進化してきたメカニズムを全ての動物にも適用できると勝手に判断たために、出来上がっていった。

かの有名な、誰でもが知っている常識の一つ、「人間の脳は三種類の脳で構成されている。一番真ん中が最も原始的な「脳幹」で、食欲や性欲を司るワニなどの爬虫類のレベルの脳である。その外側にあるのが「旧皮質」で、運動神経を司るウマなどの賢くない哺乳類の脳である。一番外側を覆っているのが「新皮質」で、これこそが思考や記憶を司る霊長類に特有の脳である。だから、「新皮質」の発展の度合い、つまり脳の外側の皺の「込み具合」を見れば、その動物の知能程度が即座に判別できる」という、誰もが疑うことのない、絶対普遍とも思われるようなセオリーが出来上がり、世界中に拡がっていった、というのが歴史である。

そのより深い根底には、「人類こそが最高の叡智をきわめている動物であるから、人類を頂点にして、その裾野の全ての動物の脳の皺を調べ、その結果に従って動物を配置していけば、動物の賢さが一目瞭然で判る」という、人間たちの傲慢さが横たわっている。

新皮質も皺も殆ど持たない鳥達は「お馬鹿さん」の筆頭に祭り上げられたということである。

「背骨」も似たような例で、無脊椎動物から脊椎動物へと動物は「進化」したというが、体の内部に背骨を持たず、その代わりに体の外側を硬い殻にし、内部は空洞にして発達してきたアリやハチなどの昆虫は「退化」してしまったのだろうか・・幾何学の粋を極めるような美しい「ハチの巣」は、全体が一つの組織体のように見事に行動する「アリの社会」は、退化の果てに到達した結果なのだろうか?

植物は脳を持っていない筈なのに、片方の枝が風で折れてしまったりしたら、逆の方向に枝を伸ばして樹木全体のバランスを保とうとしたり、川の水に触れそうになったらUターンして空中に枝の向きを変えていく桜の木、脳が無かったら、賢いも馬鹿もない話のはずなのに…

自分たちの脳の特徴だけで、全て動物の脳の発達の尺度にすることの愚かしさが見えてくる。

「脳の進化についての神話」は「思い込み」のもっとも顕著な例かもしれない。

(2005/8/3)
[ 前へ ]
[ 後へ ]

トップページへ