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 添削メール

「悪戦苦闘」で紹介したメッセージに対して、先日、ハイリーヤ女史から添削メールが届いたので紹介する。

ハイリーヤ女史はヨルダン人の考古学者で博士号も持っているが、僕にとっては、彼女は何よりも2年来のヨルダン国立博物館展示計画作成の最大のパートナーなのである。

彼女は考古遺跡の現場採掘作業が何よりも大好きな活動派であるが、さらに好きなのはペトラ遺跡であり、美しい岩肌にレリーフされた建物のファサード、発掘された土器や工芸品、歴史や文化、現代でも利用されている自然の地形を最大限に活用した水利施設・・彼女はそれらの全てを愛してやまないサイエンティストでありロマンチストでもある。

 

親愛な難波

ブログで日本語を推理するのに少し時間がかかってしまったけど、すごく興味深い、私は「文化の桁 その1」「文化の桁 その2」と「悪戦苦闘」が面白かった。

考古学者が少しばかり干渉していい?

ローマ帝国がナバティア王国を併合したのは紀元106年であって、紀元前63年ではない・・それはイエルサレムが併合された年で、ナバティア王国は、世界の私達の地域でローマ帝国によって乗っ取られた最後の人々だった。

しかし、もっと大事なことは、アメリカがヒルベット・アッダリのファサード(注: ナバティアの素晴らしい石像群)を返してくれるのは、彼らがそれを持っていったからではなくて、ヨルダンが彼らに去年から展示の目的だけのために(日本での展示と同じように)貸与しているから、ということ。

不幸なことに、彼らはそれ以前に(1940年代)、ヨルダンから他の彫像を持ち出しており、彼らが「彼らのもの」を考えている彫像を、どれも一切、返そうというつもりは無い。

オーストラリア人も、彼らは、私達が3年前からずっと維持してきていた「発掘されたものを分け合う」という方針の一部として、ワディ・ハンメの工芸品(注:後期旧石器時代から新石器時代・・約1万5千年位前)を合法的に持ち出してしまった。

彼らが今それらを返そうとしているのは、博物館の新しい館長がそれらに全く興味を持っていないから!

彼は他の収蔵品のためのスペースを欲しがっている。

ということで、アメリカ人だけでなく、オーストラリア人もヨーロッパ人も、誰も実際には、彼らが持ち出したもので「価値がある」と認めるものは、一切、返そうとはしない。

おやすみなさいの時間、親愛なる難波

自分自身の不勉強さと早とちりを反省することしきり・・

ハイリーヤ女史が、彼女の個人的なメールを僕のブログで公開することに快く同意してくれて、しかも、是非とも、日本の人たちに彼女のメッセージを伝えて欲しいという電話があったことにも感謝・・

(2005/7/27)
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