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 地中海からの眼差し その1: 海からの文化

マンハッタン全体をすっぽりと覆うこともできるという真ん丸い「フラー・ドーム」で有名なバックミンスター・フラーが、愛する娘のために「テトラ・スクロール」という童話を書いている。
バックミンスター・フラーはアメリカ人の間では「バッキー」という愛称で呼ばれる一方、彼の多岐にわたる天才的なひらめきや発明品を賞賛して「アメリカのレオナルド・ダ・ヴィンチ」とも評されている。

まあ、そのバッキーが書いた童話だから簡単な「お話」で終わるはずがなく、素粒子論から宇宙論まで、得意の「フラー・モデル」を駆使しながら融通無碍にフラー・ワールドを紐解いてみせてくれている。
この童話を理解することができた(と思うけど)愛する娘(年齢は一桁だったと記憶しているが)も只者ではないことは確かだ。

 

童話の後半に入ると、あの合理主義の塊のようなバッキーが突如として「人類文明はポリネシアから起こり、やがて全世界に広まっていった。文明は陸地からではなく海洋から始まり、世界各地の大河を遡って各大陸へと拡散していった」と話の語り口をがらりと変えるので少なからず驚かされる、しかも、かなり破天荒な、科学的裏づけも怪しい、非合理的にさえ思える、論旨である!

サンスクリッド語で「龍」のことを「ナーガ」と呼ぶが、それは文明が龍のような河を登って行った記憶が残っているためであり、文明が海で発祥したことの証でもある、とバッキーは続ける。

その証拠に、「航海」を「ナビゲーション」、「国家」を「ネーション」と英語で言うが、これらは全て「ナーガ」に基づいていて、「ナーガ」は最後には北欧にまで辿りついて「サーガ」になった・・「サーガ」とは「武勇伝説」という意味で、現在では「大河小説」としても用いられている。
日本にも「ナーガ」は伝わっていって、「流れ」「長良川」「灘」などに変化していった・・と、日本にまで言及している。

余談だが、僕の名前「難波」や大阪の古代の名称「なにわ」も「ナーガ」に由来している・・「龍」は水の神であり、「難波」は水を司る部族の名前、「なにわ」は水の都の地名であった。

南太平洋を東から西へ筏で横断し、古代文明の伝播を実証してみせ、「コンチキ号の冒険」を著して一躍世界に名を馳せたノルウエー人の冒険家、トール・ハイエルダールと個人的に親しかったので、彼からの影響を強く受けたのではないかという推察は的を得ているだろうが、バッキーらしい説得力のある語り口で話されると、「フーンそんなものか、と納得してしまう」。

瀬戸内海を本拠地として活躍した村上水軍(大阪の古代名称「灘波」も「ナーガ」から)、東シナ海を蹂躙した倭寇(簡単に海賊と片付けない方が良い)、世界史的にも稀な「海の帝国」をインドシナで作り上げたマジャ・パヒト王国(沖縄もその一部だった)、モンスーンのインド洋を駆け巡った世界各地からの船乗りや貿易商たち(今もその頃と同じ船が活躍している)、ニューファンドランド沖の鱈漁を極秘に独占することで莫大な富を溜め込んだバスク人(日本への宣教師で有名なフランシスコ・ザビエルもバスク人)、地中海世界の覇権を競ったフェニキア商人やベニスの商人たち(フェニキア人はアルファベットを、ベニス人は複式簿記をもたらした)、大航海時代に新大陸に乗り出して行ったコロンブスを初めとする冒険家たち(ハイリスク・ハイリターンの始まり)・・文明が海で発生したかどうかは別にしても、「海の歴史」も「陸の歴史」に負けず劣らず華々しい。

「古事記」では、何故か、「山彦」は善玉で「海彦」は悪玉にされた。
日本の国技とされる大相撲では、「山」の名を冠する力士と「海」の名を冠する力士とが、まず大地を踏み固める「シコ」を踏み、丸い土俵で四つに組んで戦いあう、しかも頭には「鳥」を象徴する「マゲ」を載せている・・何とシンボリックな。

南米のインカ帝国には「海を渡ってくる白い神」の伝説があり、それをピサロ達に悪用されてあっさりと国や宝を略奪されてしまうが・・史上稀に見る大掛かりな文化財略奪の端緒かも知れない…
中近東にも「海から来る人々」の伝説があり、レバント(エーゲ海のトルコ半島寄りの地域)から陶器製造の優れた技術を持ってやって来た、フィランティン(後のパレスチナ人のことで、先住者のイスラエル人が命名した)がそうではないかと推測されることもある。

海に暮らす人々は経験上「地球が丸い」ことを知っていたし、一方で陸に暮らす人たちは「地球は平らだ」と思い込んでいたけど、全ての存在が大地のように固定していなくて海洋のようにダイナミックであると、直観的に理解していた。
その象徴的な証が、籠細工であり、陸の人々はタテとヨコの二方向に編んでいくが、海の人々はタテ・ヨコ・ナナメと三方向に編んでいく、そうしないとダイナミックな力や動きに耐えられないからだ。
と、海の民を賞賛してバッキーは話を結んでいる。

(2005/7/23)
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