[ 前へ ]
[ 後へ ]
 文化の桁 その1: 時間の桁

ヨルダンの国立博物館では、約20万年のタイムスパンを対象としているが、主には約2万年くらいの歴史に焦点を絞っている・・旧石器時代から現代までをカバーしている。

この国立博物館の展示計画に携わるようになって丁度3年になるが、個人的時間経過で言えば「結構、長いな」という感じもするし、対象とするタイムスパンを考えると「あっという間の瞬きにしか過ぎない」という言葉が口をついて出てきそうにもなる。

3年前にヨルダンにやってきて、片っ端から本を買いまくり、それらを読み漁りながら猛勉強(というよりは受験勉強の詰め込みに近い)をしたわけだけど、最初は、日本とはあまりにも違う時間感覚に辟易とさせられてしまった。

 

「中国悠久の4千年」とか「エジプト5千年の古代史」とかよく言うけど、ヨルダンあたりの歴史感覚で言うと、中国が「青銅器時代中期頃」、エジプトでも「青銅器時代初期頃」という時代的位置づけになってしまい、「比較的新しいな…」という話になってしまう。

例えばヨルダンでは、今から約5千年前頃に始まる「青銅器時代」以降を「歴史時代」、つまり文字で書かれた記録が残っている時代、と呼び、それ以前を「先史時代」、つまり文字による記録が残っていない(発見されていない)時代と明確に定義している。

約3千年頃前頃から始まる「鉄器時代」から、紀元前334年のアレキサンダー大王による大遠征までが「考古学」のぎりぎりの対象であり、それ以降は「歴史学」の対象として取り扱っている。

アレキサンダー大王の頃と言えば、日本では縄文時代から弥生時代への移行期であり、「魏志倭人伝」に登場する卑弥呼さえ未だ生まれていなかった頃・・さらに言えば、イスラム教の創始者(正確には最後の正当な預言者)であるムハンマッド(モハメッド)と、かの聖徳太子とは殆ど同世代の人で、前者は沢山の遠征記録や未亡人との結婚話も明白に残しているのに、後者は法隆寺やいくつかの書籍を残しているだけで結構神秘のベールに包まれている。

ちなみに、知る人ぞ知る、十字軍の時代に活躍したサラディーン(サラフッ・ディーン)は源義経とほぼ同世代・・アラビアでは、決して「十字軍」とは呼ばず、「フランク人の侵略」と呼ぶが、現在のブッシュ政権によるイラク侵攻も「フランク侵攻」と認識されている。

「ローマ帝国」に到っては、日本で言うと「鎌倉時代」という感覚で捉えられており、日本では「大化の改新」が始まった頃と同時代の「イスラム帝国」の始まり以降は、歴史学の対象からも外されてしまいがちである・・とりわけ、ムハンマッドが神(アッラー)から啓示を受けた言葉がそのまま「クルアーン(コーラン)」として編纂され、その言葉が1300年以上を経ても全く変わらず、生きたアラビア標準語(NHKの言葉と同じ)として全アラビア語圏(東はイラクから西は北アフリカの西端モリタリアまで)で日常的に使用されているアラビア文化圏では、クルアーンも「歴史的遺物」ではなく「日常的教典」なので、そのような傾向が著しいのかもしれない。

民族的屈辱感もあってか、16世紀以降のオスマントルコの征服時代(16世紀といえば江戸時代が始まる100年前!)以降のことは誰も話したがらず、かの「アラビアのロレンス」で名を馳せた、1916年の「アラブ革命」から突如、みんな饒舌になって現代史を語り始める・・近代史ではない。
このアラブ革命を契機として今日の「ヨルダン・ハシミテ王国」が誕生してくるのだけど、この唐突さにも最初は戸惑わされた。

「桁違いの時間感覚」にも、やっと慣れてきた頃、次の葛藤が始まる。

(2005/7/16)
[ 前へ ]
[ 後へ ]

トップページへ